はこ人日記

はこの中

創作「天地買収人」

「蜃気楼」

「君は目に見えるものが全てだと思うかい?」

地平線に現れる巨大な氷の大陸。まるで夢の世界に来たような不条理さ。

「何ですか突然。」

「物事に突然などない。変化が急激に起きただけで脈絡はあるものだ。」

脈絡があることを理解するのは天地買収人にとって必要不可欠なことである。環境は変えることが出来ても原理は変えられない。後でしっかりと教えないと。

「はいはい。……僕は別に目に見えるものが全てだと思っていませんよ。」

「本当にそう思ってるかい?」

「はい。」

「本当に?」

「本当です。想像通りに話が広がらなかったからって僕の答えを捻じ曲げようとしないでください。」

ああ、つまらない。感嘆するほど賢くもなければ呆れるほど愚かでもない我が助手よ。

「まあいい、実際世界はそれが全てではないのだからな。」

「それが言いたくてわざわざ蜃気楼を見に来たのですか。」

「逆だ、蜃気楼を見たから言うべきことが思いついた。」

蜃気楼、その中でも幻氷と呼ばれるこの現象は、氷でありながら様々な色を魅せる美しい光景を作り出している。しかしメカニズムが複雑であるため未だに再現に手が出せないでいる。諦めているわけでもないが。

「無数の世界が存在している中で断言することは難しい。が、それでも目に見えるものだけを信じるのは危ういことは意識しなくてはならない。」

「そんなこと言われなくても。」

チッチッチッ

「わかってないなあ。」

「うざ。」

「君は天地買収人として1人で世界を廻ったことがないからわからないのだ、この感覚が。よく考えてみろ。」

「何をですか。」

「孤独は人を狂わせる、そうだろ?周りからの認識を失ったとき、自分の存在を信じるのは非常に困難だ。」

「鏡でも見ればいいのでは?」

「自分が映るのは元から所持していた鏡だけだ。その世界の鏡やガラス窓、水溜まりにさえ自分の姿が映らない。世界に干渉しない状態でいればな。」

ようやく助手は真面目な顔をして考え始めた。私が大袈裟な身振りをしていても軽口を叩かないくらいには真剣だ

「数多ある世界を捉えているのはこの目であるのに、肝心の自分は認識できない。それでいつまで自分の存在を信じられるか?」

「だから自分の目を信用しないのですか?」

「そういうことだ、珍しく冴えているじゃないか。」

「珍しいは余計です。」

「まあ、そこまで極端に考えなくていい。時には気楽に過ごすことも大切だ。」

「何を言いたいのですか、一貫した主張をしてください。」

「0か100かで捉えるな。もし私が自分の目を全く信じていなければ、

……私は君の存在さえ疑わなくてはならない。」

ああ、周りの温度に影響されないはずなのに寒さを感じる。我が助手はてっきり「その冗談面白くないですよ。」とでも言うと思ったのに、何故か言葉に詰まったような顔をした後こちらから目を逸らした。

私は今どんな表情をしているのだろうか。確認する術がないのが忌々しく、やり場のない視線を遥かなる幻の氷の大陸に向けた。長い沈黙の中で、流氷だけが微かに鳴いていた。

 

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